ある虚言者の記録−14





『お金の起源』



資本主義社会を支えるのは、お金に対する信用です。
店で紙切れを渡せば、喜んで食べ物を差し出される。
人間以外の動物には到底理解できない社会がそこにはあります。
大昔は交換するのに物ではなくお金を出すと嫌がられる時代もあったのですが、
今では逆に、物々交換が許されるお店自体まずありません。
そう考えると、お金も随分偉くなったものですね。

お金の正体を突き詰めると、国が価値を保証した、欲しいものとの交換券と考えることもできます。
昔は兌換紙幣といって、お金と金(きん)との交換が保証されてたんですが、
その保証がなくなった今でも、交換券として有効に使われています。
交換券としての信用があるからこそ、物を買うのに使えるわけですね。
ただ、お金そのものを盗まれちゃうと追跡が困難という側面もありますけどね。
世の中には悪い人がいるもんですね。

ところが、その交換券が使えなくなる場合があります。
その多くは、国が傾いてしまってる場合です。
国が潰れちゃうと、その交換券がまさに紙切れになっちゃいますからね。
紙切れになる寸前のものを持ってる側としては、冗談じゃない話ですが。
そうなると、同じ物と交換するのに必要な、交換券の枚数が増えます。
信用がないんだからせめてたくさん出せよと、こういうことですね。
これが世に言う『ハイパーインフレ』です。

もう1つ。局地的な事情で、強制通用力が一時的に失われた場合です。
例えば、札束の入ったトランクにつかまって、無人島に流れ着いた人がいたとします。
そして、同じ島に同じ国の人が食糧を持って流れ着いているとして……
トランクに詰まったお金で、食糧と交換することができるでしょうか?

原始的な社会ほど、物々交換は万能に近くなります。
価値が激減する可能性がある上に食べられないものなど、何とも交換してはもらえないのです。
ところが、そんな物々交換しかなかった大昔に、貨幣経済の概念を持ち込んだ者がいました。
お金の誕生です。お金の起源が何かというと……。
例えば『貨幣』『財産』などの財物を表す漢字の一部分に
『貝』という字が使われていることからもわかるように、
実は、お金の起源は、貝殻だったりします。
綺麗な貝殻を見つけて、それを何かと交換できないかと考えた者がいたわけですね。
そして、いくらか余っているとはいえ、貴重な食糧をそれと交換した者がいたわけです。
もちろん、貝殻自体は食べられませんし、大した使い道はありません。
むしろ、貝塚という歴史上の遺跡をみてもわかる通り、ゴミなわけですよね。
ゴミと食べ物を交換しようという発想もいくぶんバカですし、ありがたがって交換に応じる方はそれ以上のバカです。
ともあれ、そのバカたちが交換に用いた貝殻こそ、その後数千年に渡って使用されるお金の起源であるわけです。
ですから、資本主義社会は大昔のバカに踊らされている社会であるといってもいいかもしれませんね。



                    ――ある虚言者の記録


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