ある虚言者の記録−11





『幽霊の正体』



人は、超自然的な現象を恐れます。
とりわけ、正体の知れないまま不利益をもたらす、あるいはもたらしそうに思われる現象に対しては、
強い拒否反応を示します。

そして、そういった怪現象には、なぜか名前がつけられます。

はるか昔から言い伝えられている、『トイレの花子さん』もその1つです。
『トイレの花子さん』というのは、『放課後、ある校舎のある階の女子トイレの
何番目の個室に、花子さんという名の幽霊が出る』という怪談です。
ここで、例えばこういった怪談があるとします。
『放課後、トイレの個室で何者かの気配を感じる』。
この怪談と『花子さん』の話と、どちらが怖いでしょうか?
多くの人が、『放課後、トイレの個室で何者かの気配を感じる』
の方が怖いと答えると思います。では、なぜなのでしょうか?

順を追って考えてみましょう。
まずは、噂の出所です。
ある小学生が、放課後、忘れ物をするなどして校舎に入ったとき、
ふと行きたくなったトイレに立ち寄り、個室に入るとします。
すると、静けさの中で不安感を感じ、ふと、何者かの気配を感じます。
人間は、普段人が多い場所に人がいなければ、心理的に不安を感じるようにできているのです。
そして、危険に備えて感覚が鋭くなり、居もしない何者かの気配を感じてしまうのです。
ここに、『放課後、トイレの個室で何者かの気配を感じる』という怪談が誕生しました。

面白いことに、怪談は、ここから成長を始めます。
多くの人に触れ、伝達される過程で『何者か』の部分を埋める作業がなされるわけですね。
理由は簡単。『何者か』の正体が、もし実在する不審者だったら怖いからです。
昔の学校には、警備員が常駐していない時代もあったそうですしね。

『何者か』の正体は、大抵の場合、幽霊ということで落ち着きます。
そして、なぜそこに出現するかの理由や名前などが、詳細に決められていきます。
『花子さん』という名前だから『女子トイレ』に出ると決まったのか、
『女子トイレ』だから『花子さん』という名前に決まったのか、どちらが先かは定かでありません。
重要なのは、出現場所が限定されていることです。
そもそも『何者』かわからないのだからどこに出てもおかしくなかったものが、
『花子さん』になったことで、男子トイレは安全になったわけですね。
ひょっとすると、噂の穴埋めをした中に、怖がりの男の子がいたのかもしれませんね。
そして、女子トイレにせよ、階と個室が限定されていることから、
そこさえ選ばなければ大丈夫ということです。

結局、『放課後、トイレの個室で何者かの気配を感じる』という話が成長して、
『トイレの花子さん』の話になったということですね。
単なる伝言ゲームのようにも思えますが、前者が後者になることはまずありません。
このような怪談は、なぜかだんだんと具体化してくるものなのです。
そして、恐ろしい幽霊に対しては、幽霊との遭遇を避けられる場所や弱点など、
攻略法が追加されるという特徴があります。

『口裂け女』に対する『ポマード』という言葉もそうです。
ポマードというのは、元々は呪文ではなくて、整髪料の一種だったようです。
どうやら髪を整えるものらしいです。昔、そういうものがあったそうです。
データベースがない時代にできた話なので調べるのは難しいのですが、
話のパターンから考えるならば、これも弱点は後で追加されたものの筈です。

かくして、新たな『幽霊』に名前がつきました。
ところが、1つだけ、解決していないことがあります。

彼らは、なぜ誰も居ないトイレで何者かの気配を感じたのでしょうか。
科学的には、不安感から人の気配を錯覚したという考え方になるのでしょうけど、
あくまでそう考えても説明がつくという話で、実際はそうとは限りません。
少なくとも、彼らは原理をわかってませんよね?
結局のところ、実は錯覚などでなく、実際に何者かが潜んでいた可能性だってあります。
そうだとすると、名前のついた幽霊と違って、どこで遭遇するかわかりません。
攻略法をでっち上げたところで、本質的には何も解決していないのです。

そう。『神隠し』などというもっともらしい名前をつけたところで、
誰がどういう目的でどこにさらったのか、何もわかっていないのですから。



                    ――ある虚言者の記録


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