ある虚言者の記録−5





『飛行』



古来より、人は、はるか高みを目指しました。
誰にでも見えるけれど、誰も届くことのない大空。
そう。重力という絶対的な力により、人間は地面に縛りつけられていたのです。
空は、その存在が明らかであるにも関わらず、生きた人間が決してたどり着けない世界。
古来より、天上を神の世界とした宗教も少なくありません。

ところが、地面のくびきから解き放たれている生物がいました。
鳥です。
彼らは、いとも簡単に空を飛んでみせます。
あたかも、地を這う人間をあざ笑うかのように。

鳥が飛ぶ姿を見た人間の一部は、あることを考えます。
鳥のまねをすれば、人間も空を飛べるのではないかと。
ですが、実際は、鳥の体は見た目以上に空を飛ぶことに特化しています。
骨は空洞で体は極端に軽く、筋力も異常に発達しています。
人間が鳥をまねたところで、そう簡単に飛べるわけはないのです。

それでも、空を飛ぼうとする人間は後を絶ちません。
ギリシャ神話のイカロスもまた、空を目指した1人でした。
彼は自らの腕に鳥の羽をつけて、空を飛ぼうとしたのです。
イカロスは鳥の羽をロウで固めて腕に翼を作り、大空へと飛び立ちました。
そして、さすがは神話の世界。イカロスは、人の身でありながら空を飛ぶことができたのです。

古来より、空を飛ぼうとした人間の多くは、悲惨な末路を辿ります。
ある者は狂人扱いされ、ある者は人心を乱したとして投獄され、
そして、ある者は空から落ちて死にました。
イカロスもまた、最後には墜落して死んだのです。
天空は神の領域。神話の世界ですら、空を飛ぼうとした人間の末路は同じなのです。

なぜ空を飛ぼうとしたのか。
彼らに聞いても、私たちが満足のいく答えは返ってこないでしょう。
人は大地の上で生きていくことができます。
高いところから落ちればどういう目に遭うかは、空を飛ぼうとしなくてもわかります。
もし飛べたとしても、空の上には何もないかもしれません。
なのに、なぜ空を飛ぼうとするのでしょうか。
空の向こうに、何を求めているのでしょうか。

私たちがいくら考えても、彼らがなぜ空を飛びたがるのかはさっぱりわかりません。
彼らにとって、空を飛ぶことは手段ではなく、目的そのものなのかもしれませんね。



                    ――ある虚言者の記録


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