音消し





人間は、不意に非常に大きな音を聞くと、一瞬体がすくむようにできています。
人質のいる立てこもり事件などで使われる『スタングレネード』が
閃光と大音量で犯人を動けなくするのは有名な話ですが、
仮に閃光だけだと、準備した状態の銃を即座に乱射される危険があるため、
危なくて使えません。
この種の鎮圧用兵器は、射殺のリスクを負いながらも立てこもりをやめないという
たいへん勇気のある人種が、ただの大きな音で動きを止めてしまうことが
前提にされているのです。まるで、雷の音を怖がる小さな女の子のように。

でも、それもそのはず。
大きな音に対する恐怖は、本能に刻み込まれたものだからです。
古くから、危険は大きな音とともにありました。
雷の音、猛獣の咆哮、馬車や自動車の急接近、戦場では銃砲の音。
戦場に銃のない時代でも、武器や楽器を鳴らします。
ですから、危険を避けるためには、大きな音から遠ざかり、
非常に大きな音に対してはとっさに防御体勢をとるのが正解ということになります。
つまり、大きな音を怖がらない勇敢な遺伝子は、
人類の歴史の中で淘汰されてしまっているわけですね。

このように、大きな音は危険信号であるわけですが、
それを逆手に取れば、自分で大きな音を出して威圧感を与えることもできます。
早い話が、熊よけの鈴と同じ原理なわけです。
ですから、日常的に大きな音を出す人間は、
多くの場合、戦いを避けたい小心者だったりします。
もちろん、これは非常に有効な戦術です。
大きな音を本能的に愉快に感じる人間なんて、まず存在しませんからね。

そして、自然界でも、常時大きな音を出しっぱなしという生物は存在しません。
音質や音量にもよりますが、音は一瞬で数百メートル先まで届くことがあります。
ですから、狩る側にせよ狩られる側にせよ、物音を発してしまえば、
その相手は音を頼りにして早めに対処することができますからね。
とはいえ、現代の科学技術をもってしても、音をごまかすには、
より大きな音を利用するほかありません。
もちろん、そんな状況では相手はより警戒するでしょうけどね。
でも、もしも完全に音を消す事ができたなら……。
音を頼りにしている相手の裏をかくことができるかもしれません。



『静寂(サイレンス)』



はづきらいむが使用する、情報系レベル5の夜想曲(ノクターン)です。
自らの周囲の音を消し、完全な無音状態にします。
しかも、空間そのものに作用するため、相手に抵抗の余地はありません。



ただし、能力の発現中は効果範囲内の一切の音が遮断されるため、
効果範囲内で発言によってコミュニケーションを取ることはできません。
もちろん、能力の解除はいつでもできるのですが、
任意の仲間だけを効果範囲から外したりはできません。
ですから、呪文を唱える仲間との相性は最悪です。



また、音声の使用が相手の能力に必要な媒介ではなく、
能力を高める補助にすぎない場合は、たまに能力を封じられるだけだったり、
能力を封じるまでに時間がかかったりするようです。
もちろん、効果範囲の外まで逃げられた場合は、元通り喋れるようになりますし。



結局のところ、この能力は音声の伝達だけを妨害する能力、ということになります。
下手をすると、この能力を受けていることすら相手に気づいてもらえません。
なぜなら、自分が発した音が、自分を含めて誰にも聞こえていないなんて、
この能力を知らない限りはまず考えつかないでしょうからね。
あとは、姿自体は丸見えな上、能力発動中は相手の接近する音にも気づかない
という、狩りに使うには重大な弱点があります。
他人の姿を消してくれる便利な能力者が、どこかにいるといいんですけどね。


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