第6話・第0節





『海賊』



大航海時代以降の数百年間は、海を制した国が世界の覇権を握っていました。
飛行機の無い時代、通商路は陸路のほか、川や運河を含む広義の海路しかなかったのです。
例えば現代でも石油などの長距離輸送にタンカーが使われるように、
陸路は長距離の大量輸送には向きません。
船を使えば、浮力で荷重が軽減されますからね。
現代ですらそうなのですから、今より治安の悪い時代はなおさらです。
大地の起伏、舗装すらされていない悪路、関所ごとに何重にも課せられる税金、
どの物陰から襲ってくるかわからない山賊の類など、陸の貿易路は危険に満ちていました。
そして、大航海時代以前もそうでしたが、陸路を敵国に押さえられている場合、
貿易のためには敵国を倒すか、海路を開拓するしかないのです。
もちろん、前者はそう簡単なことではありません。



大航海時代。航海技術の発展により、長距離の航行が可能になりました。
陸路をアジアの大国に押さえられていた当時のヨーロッパの大国は、
貿易ルートの開拓のため、海を渡ってインドを目指します。
その副産物が、新大陸の発見でした。
西回りに地球を一周してインドに着いたつもりが、
未知の大陸であったアメリカを発見してしまったわけですね。
アメリカの原住民が昔は『インディアン』と呼ばれていたのは、
それが起源であるわけです。
もちろん、東回りの航路で、ちゃんとインドに着いた人もいましたけどね。
ともあれ、新大陸やインドへの航路は開拓され、
貿易は当時の先進国に巨万の富をもたらします。
もちろん、船が途中で沈むリスクはありますが、
地球の裏側から仕入れた珍しい物がどれだけ高く売れるかを考えると、
ボロい商売だったわけですね。



しかし、いつの時代にも悪いことを考える人はいるもので、
そこで現れたのが海賊です。
彼らは銃や大砲で武装し、積荷を奪います。もちろん犯罪ですけどね。
海賊自体はもっと大昔、バイキングの時代以前からあったのですが、
この時代の海賊は大砲などで武装していますし、規模が全く違います。
当然、襲われる方も馬鹿ではないので武装はします。時には海軍が出動します。
ところが、当時の貿易船の多くは戦闘経験が豊富でないばかりか、
基本的に育ちのいい貴族がなる海軍幹部も同様で、
海賊の得意とする奇襲には対抗しきれない部分もありました。
海軍の大艦隊で叩き潰そうにも、海賊側は戦わずに逃げればいいだけですし。



結局、当時世界の覇権を争っていた大国ですら、海賊は脅威でした。
しかし、あるとき、その有効な利用法が見出されます。
ある国が、自国の海賊に対し、海上の覇権を競う敵国の船に対する掠奪許可を出したのです。
「あの国の船はどんどん襲っていいよ」ということですね。
いわゆる『私掠船(しりゃくせん)』の始まりでした。
この『私掠船』というのが、一挙両得のシステムでした。
国家としては、海軍戦力を使わずに、敵国の通商に大打撃を与えられます。
また、掠奪許可の見返りとして戦利品の一部を納めさせることにより、
国家の財政も潤いました。相手が大国の船ですと、新大陸から手に入れた
金銀財宝を積み込んでいることもありますからね。
そして、自国の優秀な海賊に、自国の船が襲われることもなくなるわけです。
海賊としても、今までの罪が黙認された上、海賊行為にお墨付きがもらえますし、
自国で停泊中に一網打尽という万が一のリスクからも解放されます。
このシステムは、ひょっとすると、世紀の大発明といえるかもしれません。
もちろん、襲われる方はたまったもんじゃありませんけどね。



さて、海賊という戦力の利用法は、そういった略奪行為に限られません。
海戦には特殊な経験が必要で、非公認の海賊として長年海軍から追われながらも
逃げおおせてきた大海賊ともなると、ろくに死線もくぐってない
貴族の提督よりも、戦術だけならはるかに優れていたりします。
例えば、16世紀末、当時世界一の大国であったスペインの無敵艦隊を破り、
イギリスに覇権をもたらした海軍提督フランシス・ドレークもまた、元は海賊だったのです。
彼は、敵海軍の停泊する港を襲撃したり、味方の船に火を放って突撃させるなどの
海賊でないと思いつかないような戦法で無敵艦隊を手玉に取り、勝利しました。
このように、元々は犯罪者にすぎなかった海賊が、
世界の覇権争いに影響を与えることだってあるのです。

ふじ・あじさい連合。
「船頭多くして船山に登る」とは、よく言ったものですね。


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