第5話・第12節・タイトル未定





浅丘   :いるっすけど、沈んだ味方の位置を探る能力じゃないっすよ。

G   M:時間は少し遡り、アクアハウスのコントロール・ルーム。

ゆうすけの声:最初から使い捨てる気だったってことか……。

浅丘   :あ、そういや、それもう要らないんで、好きにしていいっすよ。

G   M:このコントロール・ルームの放送設備では、誤放送、
      特にスイッチが入れっぱなしになっていることによる
      雑談垂れ流しを防ぐため、ボタンを押している間だけ
      マイクが拾った発言が放送されるようになっています。
      マイクの前にある壁にはモニターがあり、防犯カメラで捉えた館内各所の様子を映し出しています。
      中央の一番大きなメインモニターには、緑色に染まった競泳用プール周辺の映像が。
      そして、その周囲の音声は、通話スイッチをオンにしたまま隠された『リトルグラフ』を通して、
      コントロール・ルームに置かれた『リトルグラフ』へと筒抜けです。
      向こう側の音量だけをゼロにすれば、盗聴器の役割を果たしますからね。
      なお、コントロール・ルームでは、浅丘がマイクの前で椅子に座り、
      その後ろに3人の女の子が、モニターを見つめならが控えています。

春野   :あさおか、言いすぎ!

G   M:ボタンの上に乗っていた浅丘の手が離れたところで、
      入浴中でもないのになぜかシャンプーハットを装着した女の子が、
      浅丘の手を掴んで抗議しました。

田沼の声 :きょーちゃん……。

G   M:それに呼応するかのようなタイミングで、4人の後ろのテーブルの上に置かれたリトルグラフから、
      かりんの弱々しい声が聞こえます。

伊庭   :やめて下さい。

G   M:長い黒髪を後ろでアップにしている、知的そうなメガネの女の子、
      伊庭(いにわ)が冷たく言い放ちます。
      伊庭は、なぜかこの状況でビーチボールを小脇に抱えています。
      伊庭の声に反応し、春野が掴んでいた手を離しました。

リナの声 :話は平行線ね。今日はもう遅いんだけど、とりあえず、これ持って帰ってもいいの?

G   M:浅丘は、すかさずボタンを押し、マイクに向かって喋ります。

浅丘   :もちろんいいっすよ。そんなの置いてかれても使えないんで。

G   M:浅丘がボタンを離した瞬間、春野が詰め寄ります。

春野   :かりんのかお見てよ。なきそうになってるよ!

伊庭   :やめなさい。一番辛いのは浅丘さんです。

浅丘   :全て、さっき説明した通りっす。あと少しの間、ボクを信じてほしいっす。

本城   :信じますよ。

G   M:おっとりとした雰囲気の本城も、浅丘への信頼をはっきりと口にします。
      なお、本城は、綺麗に畳まれたバスタオルを腕にかけています。
      まるで、ご主人様が入浴を終えるのを待つメイドのように。

春野   :わかってるよ……。

伊庭   :当然です。

G   M:感情的になっていた春野も、本城の様子を見て落ち着きます。
      全員が静かになったのを見て、浅丘がボタンを押しました。

浅丘   :そうっすか。遠慮は要らないんで、気が済むまで殴ってほしいっすね。
      なんなら、ボクの大切な仲間を代わりに殴ってもらってもいいっすよ。      

G   M:浅丘がボタンから手を離します。
      伊庭は、一瞬春野の様子を確認し、再びモニターへと目を移しました。
      そこで、メインモニターの横のモニターがちょうど目に入り、
      そこに未知の人影が映っているのを発見しました。
      先程浅丘がゆうすけの質問に答えたときの探知系能力者とは、伊庭のことです。
      能力は発動させしていますので、通常の侵入方法だと、確実に伊庭に探知されるはずです。
      その伊庭が張っていた網にかからないのは全くの想定外で、驚くほかありません。

伊庭   :!!?

田沼の声 :……コントロール・ルーム……。

G   M:田沼かりんの声を確認し、浅丘が次の発言のためにボタンを押した直後、
      硬直を脱した伊庭が、今もなお人影が映っているモニターを指差します。
      かくして、浅丘たちは、侵入したばかりのゆうすけたちの姿を捉えたエントランス・ルーム付近の
      防犯カメラに映った、2人の園児を確かに確認したのです。

浅丘   :……えっ!?

G   M:実は、こういった事態ですら、浅丘は全く考えていなかったわけではありません。
      伊庭の能力が侵入者の感知ということは、逆に、感知を防ぐ能力者などがいてもおかしくないのです。
      ちなみに、雷を操る能力者ですら、一応想定の範囲にはありました。
      ただ、あの状況で敵に都合よく雷の能力者がいる可能性は、極めて低いと想定されていました。
      そして、この状況についても同じです。
      あやめ幼稚園には増援を期待するそぶりもなく、増援を要請した様子もありません。
      外部のリーダーなら気まぐれで決定できるにせよ、リナがリーダーなのは会話から明らかですし。
      また、あやめ幼稚園は後をつけられるような間抜けには見えませんし、
      性質(たち)の悪い能力で後をつけられていたにせよ、
      もっと時間が経って、双方疲弊して決着がついたであろう頃に横槍を入れるべきなのです。
      そうでないと、最悪の場合、侵入者に対して共闘される可能性がありますから。
      また、前かられいめい幼稚園の存在を把握していたにせよ、
      それなのに手を出さないメリットはあまり無いですし、
      それ以上に、今になって急に手を出す理由も思いつきません。
      とすると、この最悪のタイミングで偶然第三勢力が侵攻してきて、
      なおかつ、その敵が伊庭の感知能力をすり抜ける能力を持っていたことになります。
      可能性としては全くありえなくもないですが、何もかもを偶然で片付けるほど、浅丘は甘くありません。
      思わず小さく驚きの声を漏らしてしまったものの、高速で思考を巡らせた浅丘は、
      ひとまずボタンから手を離します。

春野   :どうなってるの!?

伊庭   :……感知、されませんでした。

本城   :ど、どうしましょう……。

浅丘   :落ち着いてください。感知無効化や瞬間移動の類なら、におの能力にはかからないっす。

G   M:そう言いながら、浅丘はコントロール・パネルを操作し、
      メインモニターの映像を、侵入者が映っているカメラに切り替えます。
      2つの三輪車を肩にかついだ、水泳帽とゴーグルを装着した水着の男児。
      それと、茶色の園児服の上に、ワイシャツを着た女児。
      なお、茶色の制服がどこのものかはわかりません。
      侵入者は2人だけのようで、知ってか知らずか、先程ゆうすけたちが辿った道を、
      ビニールテープの矢印に沿って進んでいきます。

春野   :あさおか、なんとかしてくれ!

浅丘   :少し整理させてください。何かわかったら、発言お願いするっす。

春野   :うん。

本城   :わかりました。

伊庭   :……と、当然です。

浅丘   :外のカメラの時点では誰も気付かなかった。偶然か、瞬間移動系の能力か。おそらく後者っすね。

春野   :しゅ、しゅんかんいどう!?

浅丘   :わざわざ入り口に瞬間移動したとしたら、うちの内部を把握してる上に、それを悟られたくなかったんすかね。

春野   :そんな……。

伊庭   :何で今まで攻めてこないで、このタイミングで……!?

浅丘   :で、ボクらをあやめと接触させたくないのなら、先にボクらを潰せばいいだけの話っすよね。

春野   :本当にずっと見はられてたの? まさか……。

G   M:浅丘は、2人の進行に合わせて、手馴れた様子で防犯カメラを切り替えます。
      モニターの向こうの2人の侵入者は、罠を警戒する様子も無く進んでいますね。

伊庭   :浅丘さんの言う通りのようですね。色々と腑に落ちないことはありますが、現状を受け入れるしか……。

浅丘   :とすると、ボクらの監視中にあやめ幼稚園を見たから、攻めて来たと考えるのが一番……。

本城   :目的はあやめ幼稚園、ってことですか?

浅丘   :偶然とは考えにくいんで、高確率でそういうことになるっすね。
      共倒れがベストっすけど、侵入者の戦力は、おそらくそれ以上っす。

伊庭   :現状だと、次善はあやめの勝利でしょうか?

浅丘   :そうっすね。ただ、かりんが手も足も出ない相手に、ボクらが加勢しても足手まといっしょ。

本城   :強かったですね。

浅丘   :じゃ、観戦しながらでいいんで、各自戦闘準備をお願いするっす。

春野   :うん。

伊庭   :問題ありません。

本城   :わかりました。

G   M:れいめい幼稚園が相談している間にも、侵入者たちは、
      ためらわずにあやめ幼稚園が辿ったのと同じ道を進みます。

浅丘   :じゃ、もうちょっとしたらボタン押すんで、言いたいことがある人、
      ボクに割り込んで何でもどうぞっす。

春野   :あさおかにまかせる!

本城   :どこまでもついていきますよ。

伊庭   :珍しく気が合いますね。私達、死ぬときは一緒です。

G   M:そして、浅丘は、意を決して、ゆうすけたちのいるフロアに通じる通信ボタンを押しました。

浅丘   :今からそっちに行くんで、待っててください。


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