果てしなく白い、この雪の上で…。








次の日。






G   M:騎士の体調はさらに悪化。まっすぐ歩くことすら困難になります。
      対して、パルトは昨日より元気です。うつし返していないところをみると、
      一度かかったら二度はかからない種類の病気のようですね。

騎士   :(……まずいな。体力には自身があったんだがな……。)

パルト  :体がかるいよ! おれ、なおったかも!

騎士   :(……同じ薬を飲んでこれほど症状が分かれるか。
      一度乗り越えれば二度とかからない病気というやつかもしれないな……。)

パルト  :よし、おとうさんとおかあさんを、探しに行こう!

騎士   :……ああ……。(私は通してもらえないがな。)

パルト  :しゅんかんいどう、できる?

騎士   :……いや……まずは、歩こう。(森の外までは連れていかないと……。)

パルト  :おれ、走れるよ!

騎士   :先は長いから、歩くぞ。離れるなよ。

パルト  :うん!

G   M:2人は、森を進みます。
      しかし、その途中、騎士はふらついて、倒れてしまいます。

騎士   :……っ、転んだだけだ。

パルト  :おじさんもびょうきなの!?

騎士   :大丈夫だ。何ともない。

パルト  :うそだ! おとうさんも、そんなだった!

G   M:一瞬の隙を突いて、パルトが騎士を置き去りにして走り出します。

パルト  :ここで待ってて。おとうさんとおかあさん連れて、もどってくるから!

騎士   :駄目だ! 待て!!

G   M:森の中を走り出したパルトを、騎士が体を引きずりながら追いかけます。

騎士   :待て!! 待つんだ!

G   M:走るパルトの背中が茂みの中に消え、直後、悲鳴が聞こえます。

パルト  :うわぁーーーっ!!!

G   M:騎士が慌てて茂みに入ると、1匹のジャイアント・センティピードが、
      尻もちをついたパルトに、今にも襲い掛かろうとしていました。

騎士   :いま助けるぞ!

G   M:しかし、病気により運動能力が極端に低下しているため、
      騎士の攻撃はなかなか当たりません。
      逆に、鎧の上から何度か噛まれてしまいます。
      らちがあかないと判断した騎士は、
      敵の攻撃をわざと鎧で受け止め、その隙を突いて攻撃を繰り出し、
      ジャイアント・センティピードを倒しました。

騎士   :……はぁ……はぁ…………。

パルト  :……お、おじさん、だいじょうぶなのっ!?

騎士   :……ああ。魔法戦士の鎧には、ムカデごときの牙は通らない……。

G   M:そのとき、茂みの向こうから、巨大な動物が駆けてくるような音がします。
      そして、茂みを突き破って、グリズリーが飛び出してきました。

騎士   :(…………悲鳴で……呼び寄せてしまったのか……!?)

G   M:熊の瞳は怒りに燃えています。標的は、弱そうなパルトです。

騎士   :走れ! あっちだ!

パルト  :…………ひ、ひぃっ……!

G   M:パルトは、怯えてしまって動けません。

騎士   :……うおおおおおおおッ!!!

G   M:パルトに襲い掛かろうとする熊の前に、
      最後の力を振り絞って、騎士が立ちはだかりました。

騎士   :来いッ!!!

G   M:熊はベア・ハッグで組み付こうとしますが、騎士は敢えて避けず、
      組み付かれるのと引き換えに、正面から熊の体を貫きます。
      しかし、それでも致命傷とはならず、熊は組み付いたままです。
      熊は、防御を封じられた騎士に噛み付き、
      騎士は、刺さったままの剣を動かして熊の傷を広げようとします。
      そうした攻防が幾度も繰り返され、やがて、騎士を抱えたまま、
      熊は倒れて絶命しました。

騎士   :…………っ。

G   M:騎士は、熊の懐から這い出したところで、崩れ落ちます。
      熊に噛まれた傷が深く、もはや、立つこともできません。
      そして、泣きながら、パルトが駆け寄ります。

パルト  :お、おじさんっ!!

騎士   :……パルト、手を出せ。

パルト  :う、うん……。

G   M:騎士は、指輪を外して、パルトの指にはめました。

騎士   :……頭の中に、何か浮かんでくるだろう?

パルト  :……あっちだ!

騎士   :魔法の指輪だ。そっちに進めば、きっと探しものが見つかる。

パルト  :ゆびわなんかいらないよ! いっしょに探してよ!

騎士   :おじさんは、傷を治す魔法は使えない。もう歩けないんだ。

パルト  :まほうせんしは強いんでしょ!!?

騎士   :ごめんな、弱くて。……おじさん、もうすぐ死ぬんだ。

パルト  :おとうさんとおかあさんが見つかっても、おじさんが死んだら、いやだよ!

G   M:パルトは、大粒の涙を流します。

騎士   :泣くな。笑え。男の子だろ。

パルト  :…………。

騎士   :辛いときこそ笑うんだ。笑っているうちに、辛いのも忘れる。

パルト  :……できないよ……。

騎士   :あの変な笑い方でいいから。

パルト  :…………いやだ……。

騎士   :人が死ぬなんて、よくあることなんだ。笑い飛ばせ。

パルト  :いやだよ!!

騎士   :これから、辛いことがあるたびに、そうやって立ち止まるのか?

パルト  :……。

騎士   :強くならないと、お父さんとお母さんを探せないぞ?

パルト  :……。

騎士   :男の子だろ。頑張れ!

パルト  :…………っ、うぐ……ぐししっ…………。

G   M:パルトは、泣きながら、笑いました。

騎士   :そうだ。それでいい……。

G   M:騎士は微笑みながら目を閉じ、それきり、
      パルトの呼びかけに応えることはありませんでした。






2時間後。






G   M:指輪を頼りに雪原を進むパルトは、視界の端に、茶色い物体を見つけます。
      ちょうど、父親が外出するときにいつも着ていた服のような色です。

パルト  :

G   M:パルトは、何気なしに進路をそれて、そちらに向かいました。

パルト  :??

G   M:雪原に、防寒着を着込んだ死体が、4体。4人とも、村の大人です。
      それらの顔を見れば、死んでいると容易にわかります。
      腐敗はしていませんが、肌が変な具合に変色しています。

パルト  :……………………。

G   M:同時に、思い出します。いつかの夜中、母親が、これと同じ肌の色をした
      動かない父親を背負って、家を出ようとしていたことを。

パルト  :う、うぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁあぁ!!!






3時間後。閉鎖区域の端。






精霊使い :方向がしばらく同じだったので、接近中かとは思いましたが……。

G   M:精霊使いの視界に、ふらふらと歩いてくる子供が見えます。

精霊使い :そこで止まってください。止まってください!

パルト  :……。

G   M:子供は、声が聞こえなかったかのように、そのままふらふらと進みます。

精霊使い :(精霊力は、精神がやや乱れ、火は通常。……感染はしていない!!)

パルト  :…………。

G   M:精霊使いは、子供の指に指輪があるのを確認します。

精霊使い :その指輪はどうしました!?

パルト  :……。

精霊使い :その指輪を持っていた人です。

パルト  :……?

精霊使い :騎士です。鎧を着た、大人の男の人です。

パルト  :…………死んだ…………みんな死んだ……。

精霊使い :……そ、それは確かなんですか!?

パルト  :……みんな、死んだ…………。

精霊使い :何がどうなったんですか!? 詳しく話してください!!

パルト  :…………う、ぅあぁぁぁぁぁあぁ!!!

G   M:パルトは、ひとしきり叫んだ後、ぱたりと倒れます。
      精霊力を見るに、眠っているだけのようです。
      眠っているせいかもしれませんが、精神の精霊は安定しました。

精霊使い :……子供相手にうかつでした……気が動転していたとはいえ……。

G   M:そこに、悲鳴を聞きつけた騎士見習いが駆けつけます。

騎士見習い:どうされましたか!? ……その子供は!?

精霊使い :村の生き残りで、感染はないようです。

騎士見習い:……い、生き残り、ですか!? ……あの村から!?

精霊使い :(子供が指輪を持っているということは、やはり……。)

騎士見習い:報告してきます!

精霊使い :それと……トラヴィス様が、お亡くなりになられたそうです。

騎士見習い:そ、そんな!? あれほどの方が……。

精霊使い :……。

騎士見習い:その子供は、どうするのですか?

精霊使い :念のため、私がしばらく隔離します。報告、お願いします。

騎士見習い:わかりました。






約2ヶ月後。ある貴族の邸宅。






精霊使い :トラヴィス様は、その場に埋葬させていただきました。

イェーガー:辛い役目、ご苦労だったな。

精霊使い :今更辛くはありません。ただ、残念です。

イェーガー:惜しい男を亡くした。ヤツは真面目すぎたのだ。

側近   :いいえ。いかなる理由であれ、命令違反は許されません。

精霊使い :どうか、寛大な処分をお願いします。

側近   :無礼だぞ!!

イェーガー:気にせずに言ってみろ。此度の一件では、世話になったからな。

精霊使い :勿体ないお言葉です。

イェーガー:全ての責は、人選を誤ったワシにある。

側近   :あれは、仕方の無いことだったのです。

精霊使い :ただ、生命だけでなく、名誉までも失われるのは、いたたまれません。

イェーガー:だが、今更、命令を出していないことにもできん。

精霊使い :しかし、それでは、あまりに……。

側近   :命令を放棄した時点で、名誉も何もない!

イェーガー:……そうだな。それが騎士の掟だ。

精霊使い :……。

イェーガー:……だが、ヤツが全てと引き換えに守ろうとしたものだけは、ワシが守ろう。

精霊使い :ありがとうございます。

イェーガー:まだ、記憶が戻らんのか?

精霊使い :はい。精神の精霊にもう異常はみられないのですが……。

イェーガー:だが、体は丈夫なのだろう? どこに仕えても、よい従者になる。

精霊使い :いえ。そういった職業は、難しいかと。

側近   :……どういうことだ?

精霊使い :例えば、戦場のような凄惨な光景を見ると、再発するかもしれません。

側近   :それは、使えないではないか……。

イェーガー:難しいな…………ならば、我が家の使用人として育てよう。

側近   :なりません。お嬢様と御年が近すぎます。将来、万が一ということも……。

イェーガー:そうか。ヤツの気質を考えると……そうだな。そうなるやもしれんな。

側近   :……つまるところ、領内より領外の方がよいのか?

精霊使い :はい。できれば、村にも近づかないようにさせたいところです。

イェーガー:ならば、中央の使用人に、まともな孤児院を探させるとしよう。

精霊使い :ありがとうございます。

側近   :承知しました。すぐ手配しておきます。

イェーガー:それが見つかるまでは、あのおてんばの遊び相手に丁度よいかもしれん。

側近   :それは名案でございます!

イェーガー:明日にでも、連れて来るがよい。悪いようにはせん。

精霊使い :……は、はい!!






次の日。






側近   :お嬢様の新しいお友達でございます。

???  :……。

レミィ  :おおっ!です。兄上たちにもタイクツしてたところなのです。

側近   :一応、お客様という体裁ですので、お手柔らかにお願いします。

レミィ  :うるさいのです。そんなヤツには、キック!なのです!(蹴り)

側近   :お、お嬢様。はしたな……ほげっ!!

レミィ  :お前、名前は?です。

???  :……。

レミィ  :お前の名前です。

???  :……?

レミィ  :お、ま、え、の、な、ま、え、で、す。

???  :……わかんない。

レミィ  :つまんない男です。そんなヤツには、キック!なのです!(蹴り)

???  :……。

レミィ  :このキックを受けてモンゼツしなかったのは、お前が初めてなのです。

側近   :私は用事がありますので、何かございましたら侍女に……ほげっ!!

レミィ  :(蹴り)おかしいのです。ウデはにぶってないのです。

???  :……足。

レミィ  :ツッコミとは生意気なのです。オーバーヘッドキィーック!です!(蹴り)

???  :……。

レミィ  :…………き、効いてないですっ……!?

???  :……白……。

レミィ  :みっ、見たですねっ!? これだから男はダメなのですっ!!(蹴り)

???  :……。

レミィ  :……イチからきたえなおしなのです。一緒に走るのです。

???  :……。

レミィ  :お前も、とっとと来いです!






レミィ  :お前の父上と母上は、どこなのですか?

???  :……?

レミィ  :むずかしかったですか? お前の、お父さんと、お母さんのことです。

???  :……おとうさんと、おかあさん?

レミィ  :そうなのです。どこかにいるはずです。お前の領地ですか?

???  :……りょうち……?

レミィ  :領地は領地です。…………もしかして、平民ですか?

???  :……へいみん?

レミィ  :平民は平民です。でも、平民だったら、貴族とケッコンできないのです。

???  :……けっこん?

レミィ  :ケッコンはケッコンです。兄上みたいな弱いのと、ケッコンしたくないです!

???  :……あにうえ?

レミィ  :兄上は兄上です。お前と違って、キックですぐ泣くです。(蹴り)

???  :……。

レミィ  :特訓の成果がでてないです。イチからきたえなおしなのです!

???  :……。

レミィ  :お前も、とっとと来いです!






数ヵ月後。とある孤児院。






孤児院の人:ずっとこの調子なんですよ。他の子ともほとんどしゃべらないし。

男の人  :そうですか。そんなことが……。

孤児院の人:本人は何も覚えてないようです。もう精神に異常はないらしいですが。






男の人  :こんにちは。

???  :…………。

女の人  :あなたのお名前、教えてもらっていいかしら?

???  :……忘れた。

女の人  :ディースという名前を、聞いたことはある?

???  :……………………あるかも。

女の人  :!!

男の人  :落ち着くんだ。この子はディースじゃない。

女の人  :わかってます。でも、この子なら、ディースの分まで……。

男の人  :……。

???  :…………。

男の人  :悪かったね。また来るよ。

???  :…………。






男の人  :やあ、元気かい?

???  :…………。

女の人  :あれから、よくなった?

???  :……毎日、聞かれても……。

男の人  :名前、思い出したかい?

???  :……おれの、名前…………ディース……?

女の人  :ディースっ!!!

男の人  :待つんだ! 気持ちはわかるけど、落ち着くんだ。

???  :……おれ……ディース……だったの?

男の人  :……その名前を聞いて、なにか懐かしく感じたりはしないかい?

???  :……わかんない。

女の人  :ブリガンディスって、どこかで聞いたことあるかしら!?

???  :………………あると思う……!

女の人  :!!!

男の人  :落ち着いて! ……他に、何か覚えていることは?

???  :……わかんない。






男の人  :やあ、調子はどうだい?

???  :おれの、おとうさんと、おかあさんは、どこ?

女の人  :……。

男の人  :……そのことなんだけど……もし、私がお父さんだったら、嫌かな?

???  :……おとうさん?

女の人  :それで、私がお母さん。2人で話し合ったの。

???  :……おかあさん?

男の人  :君さえよければ、君は今日からうちの息子だ。

???  :……。

男の人  :……肝心なことを忘れていた。名前は……ディースになるのかな?

女の人  :いくつか考えて、この子に選んでもらいましょうよ。

男の人  :それはいいな。

???  :…………。

男の人  :もうすぐ、ファンの町の大通りに、店を開くんだ。一緒に行こう。

女の人  :あなた、せかさないの。

???  :……?

女の人  :よく考えて決めてね。

???  :…………。

男の人  :ちょっと難しすぎたかな? 今日は帰ろうか。

女の人  :……そうね。返事は急がないからね。

???  :…………待って! おとうさん! おかあさん!

ディース :ディースだから!!! おれの名前、ずっとディースだからっ!!!






数年後。






ディース :魔法戦士ってかっこいいよなー。剣も魔法も使えるんだぜ!

母親   :ディース、また酒場で変な歌を聞いたんですね。

父親   :はっはっはっ。

母親   :笑い事じゃありません。あそこは、大人が行く場所です!

父親   :今のうちにやっとけば、大人になっても困らないだろう。

ディース :おやじはわかってるよな。くししし。

母親   :いい加減にしないと、怒りますよ?

父親   :わ、わかった。ディース、ほどほどにな。

ディース :ああ、ほどほどにするよ。

母親   :ほどほどじゃなくて! 大人になるまで、行ってはいけませんっ!!

ディース :ちぇ、わかったよ。……それよりさ、頼み、あるんだけど。

父親   :おう。何でも言ってみろ。お前は、うちのかわいい一人息子だからな。

ディース :学院、入れてくんねー?






数年後。






G   M:身の毛もよだつドラゴンの咆哮が、ディースの精神を襲います。
      なんとか平静を装ったつもりですが、足が震えて、前に進めません。
      逃げ出したり、完全に動けなくなった仲間もいます。

ディース :(こういうときは、笑うんだ! ……でも、誰が言ってたっけ?)

G   M:動きが鈍くなったまま、ディースは仲間と共にドラゴンの前へ。
      そこで、ドラゴンに襲われそうになっている女の子を目にします。

ディース :(迷わず)盾掲げて突進するに決まってんだろっ!!

G   M:では、盾の魔力で攻撃目標が変更されます。
      このラウンドは炎を吐かないと決めてしまっていたので……
      ドラゴンは牙、鉤爪、鉤爪、尻尾で、ディースに4回攻撃です。

レイディア:ちょっと! 今食らったら死ぬわよ!

ディース :へっ。勇者は女の子を守って死ぬもんだ! 回避専念するけどなっ。

G   M:視界外から迫ってきたドラゴンの尻尾が、ディースを襲います。
      普段ならば楽に避けられた攻撃ですが、恐怖による一瞬のためらいが
      明暗を分けました。尻尾が避け損ねたディースの足を払います。
      続く右の爪の攻撃を、ディースはとっさに盾でガード。
      しかし、盾ごと態勢を崩され、左の爪の攻撃がディースを跳ね飛ばします。
      そして、跳ね飛ばされた先で、ドラゴンの噛み付きが、
      ディースの胴体を丸ごと捉えました。
      どういうわけか、痛みは感じません。
      視界が暗くなり、体中の力が抜け、そのまま意識が途絶えます。






G   M:夢を見ていました。ずっと忘れていた夢を。そして、目が覚めます。

ディース :……全部、思い出した……つーか、一文字も合ってねーじゃねぇか……。

レイディア:! 気がついたのね!! なんか夢でも見てたの!?

G   M:そこは、月明かりが差し込む一室のベッドの上。
      椅子に座っていたレイディアが、目に涙を浮かべながら安堵しています。

ディース :……あー、よく寝たー。





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