雪陽炎
パルトが5歳の頃。雪に覆われた小さな村の、小さな家で。
パルトの父:ただいま。
パルトの母:おかえりなさい。
パルト :おとうさん、おかえりー!
母 :どうだった?
父 :まあまあ、かな? なんとか冬は越せそうだ。
母 :あまり、無理しないでね。
パルト :おとうさん、おうたうたってー!
母 :パル、お父さんは疲れてるんだから、また今度。
父 :いいぞ。歌ってやろう。誰の歌がいい?
パルト :リュナーのえいゆうでんせつ!
父 :……この前歌った英雄伝説はバルトスだ。リュナーは魔法使いだぞ。
母 :英雄譚なんて、この子には早すぎるわ。
父 :くしししし。今から教えてたら、将来、賢くなるかもしれないだろ?
パルト :リュナーのえいゆうでんせつ!
父 :よし、リュナーの英雄伝説だ!
パルト :やったー!
母 :まったく。仕方ないわね。
1ヶ月後。
パルト :おとうさん、おうたうたってー!
母 :パル、お父さん、具合が悪いからまた今度ね。
パルト :えー、まだ治ってないのー?
母 :村のみんなも具合悪いみたいなの。近づかないで、そっとしてあげてね。
パルト :えー、つまんないよー。おれ、おとうさんのとこ行くー!
母 :だめ! 病気は触ったらうつるから、絶対だめ!
パルト :でも、しんぱいだもん……。
母 :いつもみたいに、時間が経つと治るから。
パルト :そうなの?
母 :そうだ。お父さんの代わりに、お母さんがお歌を歌ってあげるから。
パルト :おかあさん、おんなじおうたしかうたわないから、つまんないよー。
母 :そんなことないよ。今日は、ええと、魔法戦士バルナーのお歌を。
パルト :……バル……ナー……?
母 :(……さすがに気付かれたかな?)
パルト :おもしろそー! うたってー!
母 :(……助かった。……あとは、今までに聞いたのを繋ぎ合わせて……。)
パルト :早くうたってー!
3日後。
パルト :…………うぅん……ゆ、ゆめ…………?
G M:パルトが目を覚ますと、母親が壁にもたれかかっています。
パルト :おかあさん! だいじょうぶ!?
母 :……触らないで! お母さんは大丈夫だから!
パルト :……う、うん。……おとうさんが、出かけたゆめ、みたかも。
母 :……お父さんね、昨日の夜に、遠くに……行っちゃったの。
パルト :ふゆなのに?
母 :……。
パルト :今度は、いつかえってくるの?
母 :…………。
パルト :おかあさん、なんでないてるの?
母 :……さ、触らないでって言ってるでしょ!
パルト :……ご、ごめんなさい……。
母 :……パルは、大丈夫なの?
パルト :だいじょうぶだよ! ちょっとしんどいけど。
母 :それなら、パルも、もうすぐお父さんに会えるかもね。
パルト :やったー!
母 :パル。もう大きいんだから、1人で何でもできるよね?
パルト :できるよー! バカにしないでよ!
母 :……地下室には一通り揃ってるから……泥棒がいないか見てきてくれる?
パルト :いっつも、ごはん取りに入ってるけど、だれもいなかったよ。
母 :……じゃあ、お母さんのご飯、取ってきて。
パルト :うん!
G M:パルトが地下に行った後、母は地下室へと続く扉を閉め、鍵をかけます。
母 :……。
G M:そして、パルトが地下から戻ってきました。
パルト :あれ? しまってる?
母 :パル、鍵を閉めたから、誰かが開けてくるまでそこにいるのよ。
パルト :おかあさん、あけてよ! ごはん持ってきたよ!
母 :お母さんはね、お父さんのところに行かないといけないから。
パルト :あけてよ! あけてよ!
母 :外にはね……見たり触ったりしたらいけないものが、いっぱいあるの。
パルト :あけてよー!
母 :パルは一度も病気になったことがなかったから、もしかしたら。
パルト :いっしょに行く! おかあさんといっしょがいい!
母 :村を出た人たちもいるから。あと何回か眠ったら、助けが来るからね。
パルト :おれもいっしょに行くよ!
母 :魔法使いさんが、助けに来てくれるから。
パルト :いやだ!
母 :しばらくそこでいい子にしてなさい。
パルト :いやだよー! おかあさぁぁぁん!!!
母 :……ごめんね。
1ヵ月後。村を見下ろせる丘の上。
騎士 :騎士が守らないで、誰が領民を守るというのだ!!?
精霊使い :ですから、なぜ封鎖命令が出たのか、もう一度冷静に考えてみてください。
騎士 :封鎖は解けないのか!?
精霊使い :解けません。不服があれば、そちらから上役に直接お願いします。
騎士 :……っ! ……神官は、まだ到着しないのか!?
精霊使い :ですから、手遅れの、しかも僻地に、高位の神官は割けません。
騎士 :しかし、まだ手遅れと決まったわけでは……。
精霊使い :元々、冬は交通がほとんど途絶する村だったようですから。
騎士 :せめて、村から窮状を訴えてくれていれば。
精霊使い :情報がこちらに伝わるのが遅すぎました。手遅れです。
騎士 :だが、見つけたからには、このまま見過ごすわけにもいかないだろう。
精霊使い :もう村は全滅です。
騎士 :誰が確認したんだ!? まだ生存者がいるかもしれないだろう!
精霊使い :あの死体の山を見たでしょう?
騎士 :…………。
精霊使い :広場に積まれた死体は、短期間に多くの死者が出て、
後始末すらままならなかったことを意味します。
気候の影響で腐敗はないようですが……。
騎士 :しかし、死体を集めた者がいるということだから、生存者がいるかもしれん。
精霊使い :ですから、少なくとも2週間前からこの状況が継続しているんです。
騎士 :せめて、村に神官さえいれば……。
精霊使い :感染力が尋常ではありません。神官がいたとして、癒しきれたかどうか。
騎士 :それだけ経ったなら、もう入っていいだろう。
精霊使い :火の精霊力の乱れが、ここからでも確認できます。あれは疫病クラスです。
騎士 :何も触れずに、見てくるだけならいいだろう?
精霊使い :ですが、感染者や死体に接近しただけで伝染する可能性が……。
騎士 :……。
精霊使い :状況から、強力な伝染病なのは確かです。何より、命令が出ている筈ですよ!
騎士 :……命令、か……。
精霊使い :私たちの任務は、被害をこれ以上拡大させないことです。
騎士 :しかし、まだ生存者がいる可能性があるだろう!?
精霊使い :仮に生存者がいたところで、精霊力の乱れが確認された場合は……。
騎士 :村から出すわけにいかない、か……。結局、見殺しにするしかないのか……。
精霊使い :もちろん、一度村に入れば、あなたも例外ではありません。
騎士 :収まるまで、村の外でとどまるか……森の中でも、火を起こせば……。
精霊使い :何を考えているんですか!?
騎士 :保存食が尽きたら、あの森でしばらく自活すればいい。薬草も採れそうだ。
精霊使い :それができるなら、中に村を作るでしょう。危険なんですよ、あそこは!
騎士 :では、いつになったら封鎖が解ける!?
精霊使い :この種の疫病は、時間が経てば自然に収まると、文献にありました。
騎士 :精霊力の感知か……いつ収まって、封鎖が解けるんだ?
精霊使い :精霊力の乱れが落ち着くまでは、封鎖を解くわけにはいけません。
騎士 :だから、それはいつだと聞いているんだ!
精霊使い :私にもわかりません。今は、感染を広げないのが第一です!
騎士 :見通しくらい示せ、この役立たずが!!
精霊使い :……あなたの前任者も、最初はあなたと同じことを言っていました。
騎士 :仮にも騎士たるものが、任務途中に病で倒れて引き揚げるとは、情けない!!
精霊使い :……何日もあなたと同じことを言い続けて……心を病まれてしまいました。
騎士 :…………!
精霊使い :あなたはここに来たばかりだから、そんなことが言えるんです。
騎士 :……。
精霊使い :私も辛いんです。あなたも耐えてください。
騎士 :…………事情はわかった。
精霊使い :わかっていただけましたか……。
騎士 :ああ、今から1人で行く。後は任せた。
精霊使い :!? 騎士が命令に背くことが、どういうことかわかるでしょう!!
騎士 :生きて帰ったなら、どんな処罰も受けよう。
精霊使い :無駄死にですよ!
騎士 :陛下やイェーガー様なら、きっとわかってくださる。
精霊使い :ですから、イェーガー様から命令が出ているんですよ!!
騎士 :何も持たない下級騎士だからこそ、できることもある。
精霊使い :騎士には、他に必要とされる場所があるはずです!
騎士 :目の前の無辜の民を救えずに、何が騎士か!!?
精霊使い :……それでも、私は、持ち場を離れることが許されません。
騎士 :それがわかったから、1人で行くんだ。
G M:精霊使いは、騎士に指輪を投げつけ、騎士は受け取ります。
精霊使い :これを指にはめれば、お互いのいる方向がわかります。
騎士 :……恩に着る。
数時間後。村の中。
G M:単身村に入った騎士は村中を探しましたが、
病死したと思われる死体ばかりで、生存者は見当たりません。
諦めかけた頃、1件の民家の扉に、
『地下に子供がいます』という落書きがあるのを見つけます。
入り口の扉を開けると、そこから床にびっしりと黒い線が引かれ、
別の扉の前まで続いています。床の前には鍵がありますね。
部屋の片隅には、女性のものと思われる死体があります。
室内は比較的常温に近いのでわかりますが、
死後数週間が経過しているようです。
騎士 :……住人か……ひとまず、動かさないでおこうか。
G M:騎士は、そっと死体にマントをかぶせました。
そのとき、地下から物音が聞こえます。
騎士 :まさか!?
G M:騎士は、扉の鍵を開け、階段を下りて地下へと進みます。
地下は涼しく、食料庫兼居住スペースのようです。
ある一室の天井の隅からは、雪解け水が落ちてきています。
落ちた水が水路に流れていくところをみると、
わざと地上部分に穴を開けている造りのようです。
地下室には、芯までかじられた生野菜の残骸が散乱しています。
そして、片隅では、幾重にも巻かれた汚い毛布の中に
小さな男の子がくるまっています。昏睡状態ですが、まだ息はあります。
騎士 :……い、生きているのかっ……!!?
パルト :……ぅううっ……。
G M:男の子に触れてみると、凄い高熱です。
騎士 :……これは…………通してもらえないな……。
G M:騎士は、万一にも村の惨状を見られないよう、
昏睡状態の男の子を毛布に包んで抱えます。
そして、そのまま村を出て、雪の積もる平原を踏みしめながら、
解熱作用のある薬草を求めて森へと入りました。
森の中は温暖な気候のようで、雪も積もっていません。
さて、たまに現れるジャイアント・センティピード(巨大ムカデ)を
その都度切り捨てつつ森を進んでいくと、
騎士の求めていた類の薬草の一つが見つかります。
薬草を雪から作った水に溶いて無理やり飲ませると、
しばらくして、男の子は意識を取り戻しました。
騎士 :だ、大丈夫か!!?
パルト :…………?
騎士 :君を助けに来たんだ! 君の名前は?
パルト :? ……おれは、パルト………………どこ?
騎士 :村の近くの森の中だ。森で採れる薬草が必要だったからな。
パルト :…………はらへった。
騎士 :食料はあるぞ。ほら。
G M:騎士が保存食の乾燥肉を与えると、パルトは凄い勢いで食べ始めます。
騎士 :……なあ、お前のお父さんやお母さんは?
パルト :おとうさんは、びょうきになって、遠くに行った。
おかあさんは、おれをとじこめて、おとうさんのところに行った。
おれも、もうすぐ会えるって。
騎士 :……君の家に、他に女の人は住んでいるか?
パルト :……? おかあさんだけ。
騎士 :……そうか……。
パルト :おじさん、だれ? きし?
騎士 :(おじさん……。)そうだ、私は騎士……とは呼べないな、もう。
パルト :まほうつかい?
騎士 :違うな。
パルト :せんし?
騎士 :それよりは偉い、と思う、きっと。
パルト :まほうせんしだ!!
騎士 :残念だが、魔法は使えないな。
パルト :まほうせんしだったら、まほうを使って、
おとうさんとおかあさんに会わせてくれるって、思ったのに……。
騎士 :魔法が使えても、できないことはあるぞ。
パルト :そんなことないよ! まほうの力で、遠いところにいる人を探せるんだ!
騎士 :(この指輪のことか……確かに、常に一つの方向が気になる……。)
パルト :まほうせんしは、まほうつかいよりまほうがつかえて、せんしより強いんだ!
騎士 :(まだ、現実を受け止められる歳ではないな。……当たり前か。)
パルト :おじさん、どうしたの?
騎士 :……ごめんな。隠してたけど、おじさん、本当は魔法戦士なんだ。
パルト :やっぱり!? やったー! おとうさんとおかあさんに会わせて!
騎士 :…………ああ……おじさんと一緒に探しに行こう……。
パルト :うん!!
騎士 :(目を離すと、巨大ムカデに襲われかねないな。)その靴、歩けるな?
パルト :う、うん。
騎士 :まずは元気にならないとな。薬草を探すから、手伝ってくれ。
パルト :おれ、がんばるよ!
騎士 :(ひとまず、薬草でこの子を治して、封鎖地点に戻せれば……。)
G M:騎士は、昼は薬草を探し、夜は火を焚いて、寝ずの番をします。
そして、真夜中。騎士は、自分が高熱を発していて、
体が思うように動かないことに気付きました。
騎士 :(……私も感染したか……情けない…………。)
G M:昼間に採った薬草を飲みましたが、どういうわけか、
パルトのようにすぐには効きません。
騎士 :(どうなっているんだ?)
次の日。
G M:朝になっても騎士の体調は戻らず。対して、パルトは昨日より元気です。
騎士 :(…………最悪の場合は、この子だけでも……。)
パルト :だいぶなおったけど、まだちょっとしんどい。
騎士 :(あの母親、こんな状態であそこまでやったのか……。)
パルト :あと何回ねたら、なおるかなー?
騎士 :……教えてくれ。パルトは、いつから具合が悪かった?
パルト :?
騎士 :大切なことなんだ。教えてくれないか。
パルト :ずーっと前。おかあさんに、ちかしつに閉じ込められるより前。
騎士 :薬は、飲んでいたか?
パルト :のんでない。ごはんだけ。おれのうち、びんぼうだから……。
騎士 :(自力で数週間耐えないと、薬も効かないのか。)強いんだな、お前は。
パルト :……おれ、強くないよ。おとうさんとおかあさんに早く会いたいよ。
騎士 :パルトが強くならないと、会えないぞ。
パルト :だったら、おれ強くなる!
騎士 :よし。では、騎士……ではなくて、魔法戦士の心構えを教えてやろう。
パルト :教えてー!
騎士 :怖かったり辛かったりしたら、笑うんだ。
パルト :つらいのに、わらうの?
騎士 :ああ。そうしたら、いつの間にか辛くなくなる。
パルト :へんなのー。
騎士 :練習だ。笑ってみろ。
パルト :? くしし……。……わらったよ?
騎士 :……へ、変な笑い方だな。
パルト :へんじゃないよー!
騎士 :とにかく、強くなりたかったら、笑うのを忘れるなよ。
パルト :う、うん。
騎士 :……時間が無い。薬を探すぞ。
パルト :うん!
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