ある虚言者の記録−16





『昆虫』



この世界で最強の生物は何なのでしょうか?

肉食動物の中でも百獣の王と呼ばれるライオンでしょうか?
ライオンの恐ろしいところは、その鋭い爪と牙です。
しかし、敏捷性が高いので逃げ回る相手には強いものの、
草食獣の突進をまともに食らえば無事では済みません。
一見強そうなイメージのライオンですが、相手が群れをなして向かってきそうな状況では、
怪我を恐れて、戦わずに退くことも多々あります。
百獣の王といえど、硬いのは、狩りに使う爪や牙だけ。
早い話が、装甲がとても弱いのです。

草食動物でも、大型の獣となると危険度は増します。
カバなどはユーモラスなイメージに似合わず凶暴で、
現地の人間は怖くて近寄れないくらいです。
草食獣でも、例えばサイのように、硬質化した皮膚の鎧を持ち、
毛が進化した角を武器にして突進すれば、肉食獣などひとたまりもありません。
衝突の衝撃は重量と速度に比例しますから、体が大きければ強いのです。
とはいえ、大型になればなるほど皮膚の硬さを維持しづらく、
肉食獣に囲まれれば、たちまち敗れてしまうでしょう。

では、硬い鱗を持つ爬虫類はどうでしょうか?
鋭い牙とアゴの力を持つワニなどが強そうですが、
結局のところ、移動速度があまりにも遅いため、自分の間合いでしか戦えません。
中には、蛇のように俊敏な上に強力な毒を持つものもいますが、
猫科の動物など、敏捷性の高い相手にはなかなか命中しません。
自らのテリトリーに誘い込んだとしても、確実に勝てるほどの強さを持ち得ないのです。

それなら、空を飛べる鳥類はどうでしょう?
確かに、空を飛べること自体はとても有利なことです。
そして、加速して硬いくちばしで空から襲い掛かれば強そうにも思えますが、それは漫画の話。
鳥の体の中でとても硬い部分は、くちばしに限定されます。
鳥の骨は空を飛ぶために軽くなければならないため、衝撃には弱く、
加速をつけて衝突しようものなら、自分が大変なことになります。
結局、敵の体にとまってくちばしでつつくか、空中で引っかくくらいのことしかできず、まともに戦えません。

もちろん、魚類などは論外です。
水の中でしか生きられませんので。

では、昆虫はどうでしょう?
こう言うと、何をバカなことをと思われるかもしれません。
確かに、小さな昆虫に何ができるのかと思うのも無理はないことです。
でも、あなたは、昆虫に攻撃されて痛かった経験がありませんか?
ハチに刺された、アリに噛まれたなど、何でも構いません。
あるいは、飛んでいた虫の体当たりを食らったことがあるかもしれません。
問題は、彼らがとても小さいにも関わらず、人間に痛みを与えることができることです。

昆虫の強さの秘密は、その外骨格にあります。
多くの生物だと内側にある骨が、外側にあるわけですね。
実は、海にいるカニも本質的には昆虫と同じです。
カニの殻に素手で穴を開けられる人間はそういないと思いますが、
昆虫がカニの大きさだとしても、似たような結果になることでしょう。
ライオンの爪と牙も骨格なわけですが、それがむき出しになっているわけですね。
昆虫の骨格は、全身がライオンの爪や牙に当たるものだと考えてください。
早い話が、昆虫は全身が鎧であり、武器であるわけです。

さらに、一部の昆虫は群れをなします。
アリやハチなどは特殊なコミュニティを形成し、
巣全体が1つの生き物であるかのように行動します。
巣のためであれば、何の迷いも無く自らを犠牲にするのです。
毒を持って集団で襲ってくるハチはもちろん脅威ですし、
アリの中には、仲間と協力して他のアリの巣を攻め落としたり、
自分よりはるかに大きな動物を集団で倒してしまうような恐ろしいものもいます。

さて、猫とライオンは同じ猫科の動物で、本質的にはさほど変わりません。
もちろん、大きさが違いますから、猫はライオンほどに強くはありません。
仮に猫やライオンが昆虫並みの大きさだと、人間が攻撃されてもほとんど痛くないでしょう。

では、その大きさで人間に痛みを与えられる昆虫が、もっと大きかったとしたら?
仮に、昆虫が人間並みの大きさだったとしたら?
それが群れで襲い掛かってきたとしたら?
少なくとも、大量の重火器を備えた時代でなければ、人類は程なく絶滅してしまうことでしょう。



                    ――ある虚言者の記録


ある虚言者の記録−1 へ
ある暴君の発言−6 へ

トップページへ