第1話・第1節・タイトル未定





まゆみ先生:みなさ〜ん……しょ、食料が、残り少なくなってきました〜。

G   M:ひまわり幼稚園の教室で、若い女の先生が泣きそうな声を上げました。
      彼女は、ひまわり幼稚園でみなさんが所属する年長組の担任、まゆみ先生です。
      時代錯誤の分厚いメガネとでっかいおっぱいがチャームポイント。
      髪は、左右で三つ編みのおさげにしています。
      おっとりしていて、たいていのことは園児の自主性に任せてくれる先生です。
      それもあって、一部の園児からは「うなずき先生」と呼ばれています。
      そして、ときに園児よりも動作が遅いことで有名です。

はるひ  :おーっほっほっほっ。パンがないなら、アメを食べればいいじゃありませんの!

G   M:高笑いを上げたのは、金髪縦ロールのお嬢様、はるひ。
      アメを配りまくって、既に園児のほとんどを味方につけています。

アキラ  :……。

G   M:はるひの傍らには、無口で長身の男の子、アキラ。
      あさっての方向を向いて目を閉じ、なにやらかっこつけているようです。

ケン   :そうそう。はるひさんの言う通りっすよ! ね、まゆみ先生。

G   M:卑屈な取り巻きといった風情で、ケンははるひの言葉を肯定します。

まゆみ先生:そ、そうじゃなくって〜、栄養とかもやっぱり大事ですから〜。

G   M:人口10万人あまりのこの街では、ある夏の日、街を挙げた幼稚園児のお泊り合宿の最中に、
      『若年者の保護及び健全な育成に関する法律』(通称、幼年法)が成立しました。
      あの日、園児たちが目を覚ますと、街の様子がいつもと違っていました。
      自動車の音が聞こえないのをはじめ、街に人がいる気配がしないのです。
      先生がつけたテレビに映っていたのは、国会に押し寄せる園児に対し、逃げ惑う警察官や機動隊。
      そして、一体誰にそそのかされたのか、国会を占拠して新しい法律を作り出す園児たち。
      テレビはその後の様子を何も伝えず、それから2週間が経過しました。

ふう   :……どうしたらいいの?

G   M:冷房も効いている室内とはいえ、真夏に布団をかぶって座っている和風少女が、
      まゆみ先生に問いかけます。

まゆみ先生:……み、みなさんにこんなこと言いたくはありませんけど……
      コンビニから取ってきてもらわないと……年中さんや年少さんもいるので……。

G   M:心苦しそうな表情で、まゆみ先生が口を開きます。
      国会を占拠した園児たちの立法により、
      幼稚園児は、他の幼稚園児が支配している物を除き、
      自由に無料でそれを自分のものにすることができるようになりました。
      そればかりか、園児以外による有形力の行使、例えば園児の近くに物を投げたりとか、
      園児の間近で大声を出したりしただけでも、無期懲役すらありえます。
      とはいえ、園児による園児以外からの略奪は合法行為ですので、警察は何もできません。
      つまり、園児以外が園児に出会えば、全財産を失う覚悟でとどまるか、
      全力で逃げるかするしかない状況。
      無敵化した園児の親たちも含め、大人たちは、
      慌ててどこか遠くに疎開してしまったとのことです。
      ひまわり幼稚園の園内には、バスの運転手も、給食のおばちゃんも、
      詰所の警備員も、他の組の担任の先生だってもういません。
      そして、他の園も含め、幼稚園に残された園児たちは、
      自分たちの目が届く範囲で、園ごとに支配エリア、いわゆる縄張りを主張し始めました。
      やりたい放題の楽園で、唯一自由にできない他の園児とわざわざ争うこともない。
      そんな考えか、これまで目立った争いは滅多に起こりませんでした。
      そう、食料が不足し始めるまでは。

まゆみ先生:でも、もう、他の園が占領しちゃってるんですよ〜。

G   M:大人がいなくなっても、水道、電気、ガスなどのライフラインは健在です。
      しかし、当然ながら、人がいなくなったところには、商品の流通がなくなります。
      そして、大人たちがトラックで商品を運び出したのか、スーパーマーケットはもぬけの殻。
      これについては、大人の疎開先での生活もあるでしょうし、無理もないところでしょう。
      しかしながら、コンビニエンスストアは契約上の問題で簡単には閉められないとかで、
      人がいなくなった後も、少量ながらも新しい商品が運び込まれていました。
      とはいえ、ひまわり幼稚園の縄張りには、コンビニエンスストアがありません。
      これまでは、近くの小規模な個人商店の在庫や、幼稚園の冷蔵庫に残されていた食料で
      なんとかまかなってきました。とはいえ、長期間の保存が利かないものもありますし、
      流通を遮断されて2週間も経てば、コンビニを支配していない園は風前の灯なわけです。
      
はるひ  :やっぱり、アメしかないじゃありませんの。

まゆみ先生:でも、全員がずっと食べていく分はないでしょう?

はるひ  :そんなにあったらくろうしませんわ。

まゆみ先生:食料を分けてもらう方法を、何か考えないと……。

ケン   :大人たちが帰ってきたら、オレが色々かっぱらってやりますよ!

まゆみ先生:で、でも……。

ケン   :それか、年中の奴ら、コンビニにパシらせましょうぜ!

ふう   :……コンビニ、絶対見張られてるよね……?

ゆうすけ :そうだな……。

G   M:ずっと考え事をしていた男の子が、ようやく口を開きます。

ケン   :オマエ、新入りのクセに口きいてんじゃねぇよ!

ゆうすけ :……。

ふう   :……。

G   M:ふうは一瞬むっとした表情になりましたが、すぐ無表情に戻りました。

はるひ  :おーっほっほっほっほっ! わたしにひざまずけば、うえをしのぐくらいのアメはあげましてよ!

アキラ  :……。

ケン   :おい、新入り! 黙ってないでなんとか言えよ! オマエだよ!

ゆうすけ :……。

G   M:からかうように投げつけられたケンの言葉は、ゆうすけの耳には届きませんでした。
      ゆうすけの胸にあるのは、現状が間違っているという思いです。
      ただ、現状を打開するために具体的にどうすればいいのかは、わかりません。
      ちょうどそのとき、女の子の声が聞こえてきました。
      上の空だったゆうすけも、声に気が付きます。

臨時放送 :臨時放送を行います。繰り返します。これより、臨時放送を行います。

G   M:特有の無機質な音声で、臨時放送が流れます。
      そういえば、普段は使われないものの、園内には放送用のスピーカーがありました。
      避難訓練に使われるほか、今は無人ですが、警備員の詰所などにもつながっているという話です。

臨時放送 :今から、執政官代理がおいでになります。執政官代理の指示に従ってください。


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